「しんぶん赤旗・日曜版」2009年10月18日付(10・11面)より


八ツ場ダム/何が問題なのか

 群馬県で計画されている八ツ場(やんば)ダムの中止をめぐって、大きな議論が起きています。この問題をどう晃たらいいか。そもそもから考えてみると…。三浦誠記者

八ツ場ダムとは

 八ツ場ダムは群馬県長野原町を流れる利根川支流、吾妻川の名勝「吾妻峡」に計画された重力式コンクリートダムです。治水、利水を目的とし、総貯水量は約1億立方メートル。国は1952年に調査を開始しました。

 当初、住民は計画に強く反対。自民党の政権・県政が反対住民を切り崩し、85年に「同意」を取りつけました。


治水――ダムは役立たず

 ダムは、1947年9月に関東・東北地方を直撃したカスリーン台風(1都5県で浸水30万戸、死者約1100人)を受け、利根川流域の洪水防止の治水対策として計画されました。

 しかし、利根川の研究をしてきた大熊孝新潟大名誉教授は指摘します。

 「利根川に大洪水をもたらす台風のときには、八ツ場ダムの奥にはあまり雨は降らない。洪水調整のしょうがなく、八ツ場ダムは洪水対策として役立たない」

 国交省河川局長も、日本共産党の塩川鉄也衆院議員の質問に対して「カスリーン台風の形のものについては、(八ツ場ダムは)大きい効果は見込めない」(衆院予算委員会。2005年2月)と答弁しています。

 カスリーン台風で水害が出たのは、戦後直後で河川改修が遅れ、山林も荒廃していたからです。死者の多くが土石流や山崩れによるものでした。

 大熊氏はいいます。

 「治水はダムに頼るのではなく、堤防強化など河川改修が大切だ。水害で怖いのは、堤防が破壊されて一気に水が流れでることだ。堤防の強度を高めれば、利根川の洪水に対応できる。そもそもダムはいずれ土に埋まって使用できなくなる」 国の治水方針では、利根川にあと20以上のダムが必要ですが、計画すらたっていません。すでに方針は破たんしています。

 ダム偏重の結果、利根川水系ではダム予算が増加する一方で、堤防強化を含む河川改修費は急激に減少しています。


現地――願いは生活再建

 いま現地は―。ダムが完成すれば湖に沈む名湯、川原湯温泉。硫黄のにおいが漂い、雑草が生えた空き地が目立ちます。

 「みな泣く泣く出て行った。近所の人がいなくなり、店もない。前原国交大臣がいきなりテレビで『中止』というのを聞いて、3日間不安で寝られなかった」

 群馬県長野原町の八ツ場ダム水没予定地に住む70代の女性は、いいます。

 ダムで移転対象となるのは470世帯。住民の78%が移転し、残っているのは104世帯です。

 温泉街は移転して再建する計画を立てているため、建て替えることもできません。

 この女性の場合、国から「移転用に50坪の土地をあげる」といわれ反対から条件付き贅成に転じました。補償交渉がすすむと、移転地は自分で買え″といわれました。

 代替地は、水没集落のすぐ上に造成中です。完成予定は遅れているうえ、高すぎて買えない住民が町外に流出していきました。代替地への移転希望者134世帯のうち、現在引っ越したのは23世帯にすぎません。

 この女性は、目を赤くしながらいいます。

 「本音をいうならダムはやめるなら、やめていいが、きちっと補償してほしい。早く生活を立て直したい。1年ごとに年をとって、このままではどうしようもなくなる」


利水――すでに水あまり

 国が強調してきた八ツ場ダムのもう一つの役割が水道用水と工業用水の確保です。

 水道用水は群馬県、埼玉県、東京都、千葉県、茨城県の1都4県が利用する計画ですが、これも破たんしています。

 「90年代後半から、水の需要が減り、水あまり状態になってきた。八ツ場ダムの水は必要ない」

 八ツ場ダムをストップさせる市民連絡会の嶋津輝之代表は、いいます。

 首都圏では、工業用水は70年代から減少気味です。水道用水も、90年代後半から減ってきています。

 嶋津氏によると1都4県の保有水源は、1日あたり約1500万立方メートル。これに対して1日の最大給水量は約1200万立方メートルで、大量に水があまっています。

 東京都では利根川などの水源開発が進んだ結果、保有水源は1日あたり約690万立方メートル。一方、1日の最大給水量は、ここ15年間で約120万立方メートルも減って約590万立方メートルです。

 なぜ水があまってきたのか。嶋津氏はこう説明します。

――家電製品やトイレなど、節水機器が普及してきた。

――乾燥機の普及などで、梅雨の晴れ間にいっせいに洗濯し、水の使用量が増えるという季節変動が少なくなった。

――水道管の漏水が減ってきた。

 さらに、国立社会保障・人口問題研究所は、首都圏の人口は将来的に減少すると予測しています。人口が減れば、給水量も減ります。

 利水のため、1都4県は、これまでに合計1460億円(うち約570億円が国庫補助金)負担しています。ダム建設を続ければ、自治体はさらに支出をせまられ、住民に高い水道料金となって跳ね返ってきます。


費用――中止の方が安い

 八ツ場ダムは、本体工事はまだ発注されていません。事業費4600億円のうち、3210億円が今年3月までに支出されています。

 このため「すでに7割使っている」「ダムを中止した方が高くつく」という議論が出ています。

 ゼネコンのダム担当者はいいます。

 「ダムは通常、本体工事に事業費の4〜5割がかかる。国は事業費を安く見せようとして、後から事業費を追加する。ダムをつくればまだまだ金がかかる」

 実際、2000年に本体工事に着工した徳山ダム(岐阜県)では、03年になって事業費を1010億円増となる3550億円にしました。実に1.4倍もの増加です。

 八ツ場ダムの場合、事業費の7割をつかっているといっても、付け替え国道の完成割合は6%。付替え県道は2%程度しか完成していません。

 「八ツ場あしたの会」の試算によると、「水源地域対策特別措置法」と「利根川・荒川水源地域対策基金」の2事業と利息を含めると事業費総額は9千億円近くになります。

 さらに、地すべり対策や東京電力の減電補償などをあわせると、もっとふくらむことが予想されます。

 先のダム担当者は解説します。

 「ダムはもうかる。コンクリートで造るダムなら、粗利が20〜25%。ここから政治家に献金がいく。官僚はゼネコンに天下る。根本には政官財の癒着がある。だから簡単にはやめられないのさ」


生活再建へ法制定を/共産党衆院議員塩川鉄也さん

 八ツ場ダム予定地の住民は、半世紀以上も、八ツ場ダムの建設に苦しめられてきました。旧政権による押しつけが原因でも、新政権として誠意をもって謝罪すべきです。

 住民が不安に感じているのは、前原国交相が説明責任をはたしていないからです。

 住民にとっては、ダム建設を中止した場合の生活再建策や補償がどうなるのか、死活問題です。しかし、前原国交相からは、対策の中身が伝わってこないのです。

 日本共産党は、八ツ場ダムは利水・治水に必要ない無駄遣いであることを明らかにし、国会でも地方議会でも中止を求めてきました。一方、前原国交相は、なぜ中止するべきなのか、その理由と根拠を住民、国民に説明していません。国が持つ情報をきちんと公開し、説明を尽くすべきです。

 日本共産党は、誤った公共事業で地域住民が受けた困難をつぐなうため、国と関係自治体が住民を交えた協議会をつくり、生活再建や地域振興を図ることを義務付けた法制定を提案してきました。

 私たちは住民の不安に答え、ダム中止の理解が得られるように、新政権に対しても働きかけていきます。


共産党のとりくみ

 国土交通省が計画するダムや放水路は全国に150カ所近くあります。

 日本共産党の穀田恵二衆院議員の調べでは事業費だけで10兆円を超えます。(2008年1月現在)

 日本共産党は08年、「ダム建設ありき」をあらためて、住民参加を徹底し、「流域住民が主人公」の河川行政への転換を提案。八ツ場ダム、川辺川ダム、サンルダム、木曽川水系連絡導水路などをただちに中止するよう求めました。

 この提案では、ダム建設を中止した場合は国や関係自治体などが地域振興のための協議会をつくり、住民の生活再建支援や地域振興をはかることを義務付ける「公共事業の中止に伴う住民の生活再建・地域振興を促進する法律(仮称)」の制定も主張しています。