衆議院議員を4期14年務め、無駄なダムストップ、産廃不法投棄追及、テレビの字幕放送実現、豪雨災害の被災者支援など豊かな実績。
埼玉県立川越女子高の教員として、また治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟や年金者組合での活躍など、矢島さんに感謝を伝える集いとなりました。
矢島元衆院議員「偲ぶ会」埼玉で
昨年12月に94歳で死去した、日本共産党元衆院議員の矢島恒夫さんを「偲(しの)ぶ会」がこのほど、埼玉県ふじみ野市で開かれました。共産党ふじみ野市委員会と年金者組合上福岡支部有志の共催で、約100人が集い、献花しました。
塩川鉄也衆院議員、増子典男・元共産党県委員長らがあいさつしました。
塩川氏は、テレビに字幕をつけることや、無駄なダム建設のストップなど、矢島氏が国会で求めてきたことを紹介。増子氏は「選挙制度が大きく変わる中、1996年衆院選の比例北関東ブロックで金子満広さんと矢島さんの2議席を獲得できたことは私たちの希望となった」と語りました。
「偲ぶ会」では、県立川越女子高校の物理教師、ソフトボール部顧問として働いた経験や、衆院議員勇退後は治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟や年金者組合などの役員として活動してきた矢島さんのエピソードが紹介されました。
遺族からも「みなさんと出会えたことが父にとっては宝物。家ではいつも物を書き、決して怒らない穏やかな父でした」とあいさつがありました。


